医学関係記事
 
CONTENTS
| 世界の医学をリードする米国 | 臓器移植の倫理と課題 | 新薬開発と治験 |
| 安楽死について | 角栄さん倒れる |
 
世界の医学をリードする米国   脳外科医 堤 裕

脳や頭蓋骨に関しては古代から宗教的、思想的にさまざまな史実がつたえられています。特に史書によるとインカ帝国時代の人骨から、頭に穴をあけたり、頭蓋骨を開いた跡が見られるのです。これは医学的手術をほどこしたということではなく、例えば頭痛もちの患者とか、精神病患者に対し、頭蓋骨から魔物とか悪魔を追い出そうという発想から頭蓋骨を開いたり、穴をあけていたものと考えられています。

近代脳外科学界の先駆者としては、米国のハーベイ・クッシングという有名な脳外科医がおられます。

彼はドイツ、フランスで医学を学び米国に帰国。脳外科という確立した学問を作り上げたのです。

ドイツ、フランスは彼に学ぶ場を与えたものの、結局は彼が有名になり、その後をドイツ、フランスが追いかけることになるのです。

米国は元来、フロンティアスピリットが旺盛な国ですから、脳外科のみならず心臓、臓器移植など今や世界の医学界のトップレベルにあります。

我々が医学を学んだ昭和二十年代はドイツ医学が主流で、当然ドイツ語での教育だったのですが、今の医学界は米国医学が主流です。

ですから今の四十歳以下の医者にドイツ語で話すと「何ですか、それは?」と質問を受ける時代になっています。

これは医学書を見てもわかります。書店に並べられている医学の約九割は英語で書かれ、残り一割がドイツ語というように、今やドイツ医学は米国にすっかり遅れをとってしっまた感があります。そのためドイツ医学界はこの遅れを取り戻そうと、やっきになっていますが、あらゆる面で難しいと思います。日本の医療も米国からさまざまな影響を受けながら医療のレベルアップをはかってきましたが、総合的には米国との開きは否定できません。

 
臓器移植の倫理と課題   脳外科医 堤 裕

十月十六日から臓器移植法が施行

され、わが国でも脳死移植が本格的にスタートしました。

しかし、この移植医療は、拒絶反応との闘いなど医学的にもさまざまな課題を抱えている一方、臓器提供者の倫理問題も大きなウエイトを占めていると思います。確かに臓器医療は法制化されこれまでとは違い、移植医療に展望が開けたものの、欧米と日本では提供する側の倫理観が大きく異なるからです。

これは宗教的な違いが大きく左右しているからと私は考えています。キリスト教での死は−神に召された−という観念がありますが、仏教の教では死後に−輪廻転生−があり、再び来世に生まれ変わる時に五体、臓器がなければ生まれ変われないという倫理観があります。

たとえばガン告知でも欧米ではハッキリと告知しますが、日本の場合ですとそのケースは患者・家族によってまちまちです。特に女性の場合は倫理観以前に感傷的な問題で反対するケースが多いです。しかし国内では今やガン告知が日常的に行われるようになってきましたので、臓器移植も同じケースをたどるのでないかと思います。

 
新薬開発と治験   脳外科医 堤 裕

今や米国の医療は世界のトップ水にあることは前号でもお話しましたが、新薬開発の分野でも米国は世界の薬学分野をリードしています。

これは今の日本の治験規制に問題があると思います。厚生省はエイズ薬害問題もあって、従来の、治験のまとめを医師に委嘱するやり方から、製薬会社に新薬開発の計画から最終報告まで明確な責任を持たせ、品質保証と患者の安全性に重きを置くようになりました。治験薬というのは、ご存知の方もおられるでしょうが、動物実験(前臨床試験)からヒト試験(臨床試験)に移った段階の薬をいうわけです。

この治験が終わると厚生大臣に製造承認の申請を行うわけですが、臨床試験も第一相試験、第二相試験、第三相試験があり、一般的に治験薬というのは第三相試験の段階この第三相試験というのは、やや広い範囲の患者について対照試験を行い、有効性や安全性などを統計学的に調べるのです。この治験をクリアして発売されてても、過去には「サリドマイド」「クロロキン」「スモン」「ソリブジン」などの薬害事件。最近ではエイズウイルスが混入した製剤によって血友病患者を中心に多くの「エイズ薬害」を起こしたとして、阿部英・前帝京大学副学長、松村明仁・元厚生省生物製剤課長、血液製剤を製造・販売していたミドリ十字の社長らが起訴され、現在、係争中ですが、治験は時には患者の安全が軽んじられる場合があります。

本人は当然、その点を否定するでしょうが、世論から責められてもやむをえないと思いますね。医者でいる以上、患者を救いたいという倫理観は多分に持っていると思うのですが、製薬会社からの資金協力を仰ぎ財団を設立したいという阿部さんのエゴが優先したのかも知れません。当時、日本の医学界でもエイズは、日和見感染と言いまして体力が弱った時に感染するもので、健康な時には感染しないという軽い見方もあったわけですから。

東京 信病院勤務当時、治験の倫理委員長に就いたことがあるのですが、この委員会は各科の部長から治験を実施したいという要望を審議するわけです。その時、私は各部長には「治験はできるだけ透明性を持たすように」と指示しました。そして、すでに市販されている薬であっても、治験を行う時は患者さんから不信を待ち、治験を拒否したら絶対に強制はしない、患者さんは拒否しても何ら不利益はない。患者さんも訳がありますし、いくら説明しても理解していただけない場合もあります。

治験が難しくなると、製薬会社は新薬の開発ができなくなる、そうなれば新薬、特効薬は輸入に頼らざるを得なくなるわけです。このことを皆様に十分理解して理解頂けないと、日本では新薬の開発が出来なくなってしまうでしょう。

 
安楽死について   脳外科医 堤 裕

九五年(平成七年)三月に、横浜地裁は東海大学の医師による患者の殺害事件の判決で、「医師による安楽死の四要件」を提示した上で、殺人罪として懲役二年執行猶予二年の判決が言い渡されています。このほか京都の町立国保京北病院長による末期患者の安楽死事件が起きています。但しこれは不起訴になりましたが。

我々、医者の立場から見ますと、患者さんの症状が末期的で助かる見込みは皆無である、しかも痛み苦しんでおり、あと一〜二週間も生きられない状態にあるとなれば、一日でも一時間でも早く楽にしてやりたいと言う心持ちは起きると思います。これは何も医者でなくても一般の方でもそう思われると思います。そこで医者の心の中には二つの考えが生まれる。

一つはできるだけ長く生かしてあげたい。もう一つは、こんなに苦しませないで早く楽にしてあげたいという二つの相反する考えが葛藤しているわけです。

法律的に言えば後者の考えは刑事責任を問われかねない危険性を含んでいます。ただ、バレさえしなければやってあげたいという気持ちはあると思うのです。しかし、バレれば殺人罪に問われる。東海大学の医師の裁判では、「医師による安楽死の四要件」が提示されました。ただ医者が患者の家族から単に「楽にしてほしい」と言われて「分かりました」と、手を下せば後に医者は刑事責任を問われる。

例えばモルヒネを大量投与すると患者さんの苦痛をやわらげ、かつ死期を早めることができます。

ですから患者さんの家族から「楽にしてください」と言われた時に、医者はその明らかな意図を後の証拠となるテープなり、文書で残しておく必要があると思います。

ですから日本でも「安楽死」に関する法整備を早く明確化してほしいと思います。私自身も患者として末期を迎えたら痛みを取り除いてほしいし、いたずらに延命治療をほどこさず、安楽死させてほしいと望んでいますからね。

我々の場合、末期的症状で痛みとの戦いを強いられている多くの患者さんを見てきただけに、切にそう望みます。

それと最近は、末期的患者に対する高額な延命処置がクローズアップされています。これは欧米と日本を比較した場合、前にも述べましたが、宗教観や倫理観の違いから日本では延命治療を望ケースガ多いのですが、これが保険医療を圧迫しているのも事実です。

しかし、最近は脱仏教観と言いますか、患者さん本人、もしくはご家族の方々が延命治療を拒否する傾向が増えているのも現実です。これは、本人は家族に負担をかけさせたくない、家族は本人を苦痛から解放してやりたいという願いがあると思うのです。ただ、安楽死を悪用されますと大変な問題で、政府が法制化に踏み切れないのはその点にあるわけです。患者さんは意識がハッキリしない状態で、家族の意思によって安楽死を医者に求めるということも考えられますから、明確な倫理に基ずく法制化が必要だと思います。

例えば少しボケ症状のあるお年寄りとか、家で寝たきりになったものの、ある程度の治療、介護をすることで一〜二年は生きられるのに、家族は介護が面倒だ、あるいは医療費がかさむので医者と結託して安楽死させるといった事が、起きないとも限りませんので第三機関による認定も考えられます。

 
角栄さん倒れる   脳外科医 堤 裕

田中角栄死が自宅で、脳梗塞で倒れられたのは一九八五年二月二十七日でした。当時、私は東京 信病院の脳神経外科部長として勤務していました。田中角栄さんは以前から、東京信病院の内科で診察を受けるなどご縁が深かったのです。

二月二十七日、目白の田中邸から東京 信病院に連絡が入り、かかりつけの内科医がすぐさま田中邸へ走ったのです。

その内科医から私のところへ「角さんが倒れた。意識がない、非常に危険だ、どうしたらよいか」と切迫した状態を知らせてきたのです。その知らせを聞いて私はすぐ田中邸へ駆けつけました。と言いましても、一国お元首相であり、ロッキード事件や政界の闇将軍ともいわれ、何かと話題や影響力の大きい方ですので、サイレンを鳴らし救急車を差し向けるわけにもいきません。ましてこの二月は田中派の竹下登さんが、衆議院から二十九名、参議院から十一名を集め「創生会」を旗揚げした時であり、田中角栄さんの一挙手一投足に関心が集まっていたことは、皆さんもご記憶のことと思います。

Back
  Copyright(C)2008 JIKEIKAI. All Rights Reserved.